今日は魔が差して書くと約束してしまった(?)The Beach Boysのアルバム"Pet Sounds"の紹介をしようと思います
正直なところ大好きなアルバムですので全く書くのは苦痛ではありませんが、初めてアルバムの紹介をするのでいささか不安ではあります……
では気を取り直して
Pet Soundsは1966年に発売されたThe Beach Boysのアルバムである。
The BeatlsのSgt.Pepper's Lonely Hearts Club Bandに並びロックの伝説的名盤("Rolling Stone's 500 Greatest Alubams of All Time"において2位。Sgt.は1位)と称される本作だが、Sgt.と比べると初見で「これはすごい!」と確信する人が実に少ない。
これを聞いたことがあるという知り合いは数人知っているが、いずれもピンときていないようである。
時にはビーチボーイズファンの人でさえ、特に初期のサーフ・ロックが好きな人には理解しにくいアルバムであるらしい。
しかし、これはまぎれもなくのちの音楽に大きな影響を与えた歴史的意義ある名盤であり、このブログによってPet Soundsの良さを少しでも感じていただければ幸いである。
●The Beach BoysとPet Sounds誕生までの経緯
おそらくほとんどの人はこのビーチボーイズというグループについてよく知らないだろう。同時代のロックバンドでも、ビートルズやローリングストーンズと比べると知名度がかなり低いように感じる。
しかし、音楽史に与えた影響はかなり大きく、ビートルズとともに一時代を築いたグループであることは疑いようがない。
ちなみに最近だと2013年公開の映画「陽だまりの彼女」で、Pet Soundsの一曲目である"Wouldn`t It Be Nice"がテーマソングとして使われたため、それで知った方は多いかもしれない。
ビーチボーイズは1961年アメリカ、カリフォルニア州でブライアン・ウィルソンを中心に兄弟のデニスとカール、従兄弟のマイク・ラヴ、高校の同級生アル・ジャーディンによるサーフ・ロックバンドとして誕生。
当時のサーフ・ロックは基本的にインスト中心だったが彼らはそれにコーラスを導入し、軽快なロックンロールに美しいハーモニーを駆使して歌った。
当時の西海岸の若者文化であるサーフィンやホットロッドなどを題材にして曲を書き、若者を中心に大ヒットした。
しかしビートルズの米上陸をきっかけにビーチボーズは独走状態から一転、ビートルズと熾烈な戦いを強いられることとなる。
このビートルズとビーチボーイズという米英のロックを代表するグループ同士の競争こそが、ロックにおける様々な革新をもたらしていく。
本稿で紹介するPet Soundsは、まさにこの2グループの「切磋琢磨」の末に生まれたひとつの集大成なのである。
このアルバム誕生の直接の動機として有名なのは、ビートルズのアルバム"Rubber Soul"。
ロックにあまり使われない楽器(シタールなど)を用いたり、ポール独特のルート音を外したベースの動き
(この"Michelle"などで見られるメロディアスなベースラインは元々ブライアンからの影響という話を聞いたことがある)
バロック調のピアノなど、アルバムを通して見られる多くの音楽的工夫から、ブライアンはアルバムを一つの「芸術作品」としてとらえるようになったのかもしれない。
この"Rubber Soul"に衝撃を受けたブライアンは、これに追いつくべく、全身全霊をかけてアルバムを作り始める。
"Pet Sounds"である
●Pet Sounds
このアルバムの特徴は挙げれきりがないが、あえて言うなら一貫した「物語性」と「実験的サウンド」である。
・「イノセント」と「失望」の物語
このアルバムで最もキャッチーな曲は、なんといっても1曲目の"Wouldn't It Be Nice"(素敵じゃないか)だろう。
きらびやかな2本のギターのイントロで始まるウキウキするようなシャッフルビートの曲だ。
歌詞は「愛し合あう君と僕が幸せな結婚生活を送れたら素敵じゃないか」至ってシンプル。に見える。
もちろんこの曲単体では、明るい未来に胸躍らされる期待に満ち溢れたナンバーなのなのだが、アルバム"Pet Sounds"の中で見るとかなり歌詞の解釈が異なってくる。
この曲はアルバム最後の曲"Caroline No"と対をなしていると考えればどうだろう。
そこで注目してもらいたいのは"Wouldn't It Be Nice"での歌詞に"If"が頻出することである。
そもそもタイトルそのものが仮定形だ。
つまり「いまだ実現していないこと」なのである。
この仮定形が頻出する歌詞は、期待を表しているとともに、
この先訪れる願いの叶わない未来を暗示しているのだ。
その一抹の不安が現実となるのがラストの曲"Caroline No"。
この曲は、恋人が変わり果てた姿で現れ、二度と関係を元に戻すことが叶わないことを悟る悲痛な歌である。
無邪気に結婚生活を夢見た日々はもう訪れず、「美しいものは死んでい」き、わずかな修復の可能性に対しても「No」と否定する。
メランコリーの境地である。
このアルバムは十代の少年の純真な心が大人のすさんだ世界に打ちのめされる物語である。
"Wouldn`t It Be Nice"をはじめ"Don't Talk"など無邪気に、時には静かに愛を確かめていた2人だったが、
少女はあることにショックを受けて落ち込み、少年が慰めの言葉をかける(I'm Waiting For The Day)。
少年は喧騒に疲れたように「しばらくどこかに消えたい」(Let's Go Away For Awhile)と言い出し、
「君のいない世界なんて神様しか知らないよ」(God Only Knows)と言ったものの、
ある人から「恋なんて、今ここにあっても、明日どうなるかわからないよ」「ちなみに彼女の前の彼氏はぼくなのさ」(Here Today)と言われ
思い描いていた理想の恋愛が壊され始める。
誰にも理解されていないとふさぎ込んだ少年は"I Just Wasn't Made For These Time"と世間に対する違和感を訴える。
そして結末には恋人のキャロラインさえ変わり果ててしまった。
思い描いていたピュアな幻想は崩れ去り、少年を理解してくれる者は誰もいない。
ブライアンの悲痛なファルセットがそれを物語っている。残ったのは踏切を電車の通り過ぎる音と犬の鳴き声だけという虚しさ。
この物語の主人公の少年は、ほかでもないブライアン自身であろう。
彼の前妻であるマリリンは「あのアルバムのためにブライアンが書いた音楽は、一人の痛みつけられた人間の内側から生まれてきたものだと思います。」と言っている。
これは彼の生い立ちや性格などを考えれば容易に想像することができる。
幼いころから父から虐待を受けて育ったブライアンはおとなしく内向的な性格になり、恋愛に対しても消極的でなかなか世間になじめない一面があった。
どこぞのイケイケうぇーい系大学生とは対極的な人柄である。
恋人には、幼少期に得ることができなかった親からの愛を求めているようになった、とブライアンは自叙伝で述べている。
これを踏まえると、恋人に母のような愛を求める、どこかメランコリックな少年の心がこのアルバムには感じられるのではないだろうか。
また、ブライアンはこのような革新的なアルバムを作るにあたり、かなり孤独な戦いを強いられていた。
レコード会社のみならず、
ビーチボーイズのメンバーであるマイクからも
「こんな音は犬にでも聞かせる気か?」
と不快感を示されたと言われている(実はこれがアルバムの名前の由来らしい)。
メンバーは作曲にあまり関わらず、実質的にブライアン一人による創作活動だった。
その心境はまさに"Let's Go Away For Awhile"であり"I Just Wasn't Made For These Time"あった。
しかもPet Sounds販売直後にアメリカでは受け入れられず、まさに「時代に合わない駄目な僕」になってしまったのは皮肉な話である。
このアルバムはブライアンの物語である、実に個人的かつ内省的なアルバムだ(民謡が元である"Sloop Jhon B"は除いて)。
これはブライアン・ウィルソンという人間を知ることによってより解釈が深まるという、
現代の日本に勃興しつつあるアイドルソングの特質と似た傾向を示している。
多くのポップスミュージシャンは「普遍性」を求める(アイドル音楽のアウラとコアとマス#1で、いきものがかりの例を出したことがある)。
もちろんこのアルバムもそれに大きく外れたものではないだろうし、単純にアイドル音楽の傾向と同一と言い切ることはできないだろうが、
この楽曲たちはまぎれもなくブライアン本人と密接に関わっている。
(言い忘れていたが"Wouldn`t It Be Nice"はブライアンが妻の姉ダイアンに対して思いを寄せてしまった禁断の恋を歌ったものだという説がある。)
まさにこのアルバムは「楽曲と人物の不可分」であるといえる。
自らの体験をもとに曲を書くこと自体は珍しくはないかもしれないが、事情を知る者がこのアルバムを聴くときにはブライアンの人柄、人生を想起せずにはいられない。
そして、問題なのは1、2曲そのようなものがあるということではなく、アルバムを通してブライアンが主人公である物語が展開されることである。
ここで勘のいい人は気付いただろう。主人公が存在するある有名なアルバムを。
そう、冒頭で挙げた"Sgt. Pepper 's Lonely Hearts Club Band"である。
このアルバムは史上初の「コンセプトアルバム」と言われ、
ビートルズをある架空のバンドに仮託して作曲されたものだ。
このアルバムは「Pet Soundsに影響された」ものであり、これに追いつき追い越そうとする試みだったと言われる。(ジョージ・マーティンやポール・マッカートニーの談)
これは私の邪推でしかないが、サウンド面以外でもビートルズは"Pet Sounds"の持つ「物語性」や「主人公」の存在について影響を受けたのかもしれない。
こう考えていくとPet Soundsもまた「コンセプトアルバム」と捉えることもできる。
いずれにせよ、このアルバムは全体で一つの作品であり、世の中に向かって「トータルアルバム」という考え方を提示した画期的なアルバムなのだ。
しかし、内省的で、暗く陰鬱な曲調が大半であったために、従来のビーチボーズとのギャップから当時のアメリカでは受け入れられず、今でも難解なアルバムとして存在しているのだろう。
このアルバムを理解するための一つの方法はブライアン・ウィルソンを理解することである。
この物語は現在のアイドルたちのように清々しいものではないし、むしろ対極とさえ言えるものである。しかし、清々しいばかりが世の中ではないことを私たちは知っている。
もしあなたが心に少しばかりの闇を抱えている人間ならば、曲から「人間」を想起する時、きっとこの物語を味わうことができるだろう。
・「愛すべき音たち」と"Wall of Sound"
まず、このアルバムのサウンドを楽しみたい!という方は、
ぜひステレオのリマスター版で聴くべきである。
モノラルでは聴き取れない楽器が現れたり、入り乱れたり重なり合っている音などを感じることができる。
特に"Wouldn`t It Be Nice"の2本のギターによるイントロや"God Only Knows"のフレンチホルンなど、
このアルバムの特徴である「音の瑞々しさ」を存分に感じることができるはずだ。
しかしながら、私は実はPet Soundsのリマスター音源を上記の2曲以外持っていないのである。(!)
ほかの曲もリマスター音源は聴いたことはあるものの私のiPodには入っておらず、上の2曲もPet Sounds外の音源だ。
つまりは私のPet Soundsはモノラルバージョンである。
レコーディング音源も収められているリマスター版"Pet Sounds Sessions"を良いヘッドフォンと一緒に買おうと思っているのだが……
(まともに音楽を聴き始めたのもここ1年なのでオーディオ機器も貧弱)
このような状況でサウンドについて語るのも気が引けるので、
1曲ごとの詳細なサウンドの解説は次回に譲ろうと思う。(スミマセン)
その代わりここではこのアルバム全体を通した音の楽しみ方について少し書きたい。
サウンドの最大の特徴はフィル・スペクターの影響を多大に受けた、多彩な楽器のアンサンブルからなるアレンジメントだろう。このスペクターのアレンジの特徴は"Wall of Sound"と言われる。
なんとなく聞くと気に留めないかもしれないが、かなり変わった楽器の使い方をしてる。
まず、一つ目はアップライト・ベースとフェンダーベース(エレクトリックベースギターの当時の俗称)の併用である。曲中に別々に登場することも珍しいかもしれないが、このアルバムでは二つのベースがユニゾンで鳴っているのだ。
フェンダーベースを弾いているのはキャロル・ケイ、アップライトはライル・リッツ。どちらもスペクター直参のスタジオミュージシャンだ。
このユニゾンが通常ではありえないベースの輪郭とコシを出している。
ほかにもエレキギターのオーバーダブによるきらびやかなユニゾンなども聴きどころ。クリーントーンの真骨頂である。
異なる楽器の組み合わせも多い。通常のアコーディオンなどのスタッカートのバッキングにハープシコードを重ねている。そこにギターストロークなども重なり、実に不思議な質感の音像になっている。
このアルバムでは普段ロックでは使われない楽器も使われているので注目していただきたい。
基本的なところで行くとティンパニ、ハープシコード、マンドリンやオルガンやブラス、ストリングスといったところだが、パーカッションとしてブライアン愛用の自転車のベルが使われている。
これはアルバムを通して随所に見られる音なので、ぜひ探してみてほしい。
以上の特徴は特に「どの曲にどの音がある」とは言っていないので、しばらく自分で「ウォーリーを探せ!」とばかりに聴きこんで発見してほしい。
答え合わせは、次回からの各曲詳細のレビューでしていただきたい。
(という名の時間稼ぎ(^^; )
ここでおすすめしたいCDは、上にもあるように"Pet Sounds Sessions"である。
これはリマスターされた音源だけでなく、ボーカル音源、インストルメンタル音源、レコーディングの様子を収めた音源と、このアルバムを研究する上で最も有用なボックスセットである。
しかし、通常のアルバムより高くつくので、廉価なものがほしい方は2012年版のモノラル・ステレオリマスターどちらも収められているものがよいだろう。
最近ではハイレゾ音源でも出たらしく個人的にはぜひほしいなあと思っている。(その前にハイレゾ対応のヘッドフォンを買わねば……)
次回はここで深く取り上げられなかったサウンドを中心に"Wouldn`t It Be Nice"を取り上げてみたい。
●参考文献
ジム・フジーリ『ペット・サウンズ』 村上春樹 訳、新潮文庫 2012年
ブライアン・ウィルソン『ブライアン・ウイルソン自叙伝―ビーチボーズ光と影―』、径書房、1993年