多部未華子はコメディエンヌなのか?

10代の頃に見せた自然体の演技は
マンガ的な役にも本質で繋がって

 広瀬すずの主演映画「ちはやふる―上の句―」が公開初週の興収ランキング4位と、意外に苦戦している。競技かるたを題材にした気持ちいい青春映画なのだけど。試写で観た「下の句」はさらに良かった。ライバル役の松岡茉優が素晴らしい。史上最年少のかるたクイーン(女子選手の日本一)という役どころで、試合会場の近江神宮の階段を上がるシーンだけでゾクゾクした。無言で放つ女王のオーラ。そして、発する言葉の一つ一つが鋭いナイフのよう。なのに、突然ダサい面を見せたりも。また松岡茉優にヤラらた……という感じだ。
 今クールはフェイクドキュメンタリードラマ「その「おこだわり」、私にもくれよ!!」(テレビ東京ほか/金曜24:52~)で主演もしている。松岡茉優本人がMCを務めるバラエティとして始まったと思いきや、番組の進め方について相方の伊藤沙莉と泣きながら口論したり、自分の好感度を気にして小心なところを見せたり。どこまでが本当でどこからが芝居なのか……というドラマで、松岡のナチュラル演技に虚実が入り混じる。
 個人的に、彼女のような自然体で深い演技ができる女優が好きだ。最近の若手では松岡に土屋太鳳、森川葵が自分のなかでベスト3。10代だと黒島結菜がいい。少し上の世代では貫地谷しほり、谷村美月、そして多部未華子。
 と、ここで多部の名前を自然体の系譜で挙げたら、違和感を持つ人が多いだろうか。一般的に彼女は“コメディエンヌ”のイメージが強い。民放連ドラ初主演の出世作が2011年の「デカワンコ」(日本テレビ系)。フリフリのロリータ服を着て、犬並みの嗅覚を武器に捜査する刑事役だった。事件現場で鼻をヒクヒクさせながら匂いを嗅ぎ、警察犬と張り合って四つん這いでクンクンしたり。面白かったがジャンルが自然体とは違う。
 昨年も「ドS刑事」(日本テレビ系)に主演。「悪人を好きなだけいたぶれる」との理由で刑事になり、犯人を言葉責めで追い込んだうえに、ムチをふるって拘束。不気味にニタッと笑い、同僚も「バッカじゃないの!」と容赦なく罵倒していた。
 現在も主演コメディ映画「あやしい彼女」が公開中。73歳のおばあちゃんがいきなり20歳に若返って……というストーリーで、若い見た目で年寄りくさい動きをして、妙な踊りやヘンな表情も随所にブッ込み、劇場では笑いが絶えなかった。
 コメディばかりに出ているわけではないが、代表作として挙がるのはこの辺で、実際抜群におかしい。しかし、彼女が女優デビューした高校生の頃は、まさかこんなふうになるとは想像もつかなかった。
 最初に注目されたのは2005年公開の映画「HINOKIO」。ベリーショートの髪形で小学生を演じ、知らずに観ていたら途中まで男の子かと思う役だった。その後、「青空のゆくえ」「ルート225」「ゴーヤーちゃんぷるー」といった佳作に相次ぎ出演。近所の女子高生に起きた物語を見るような演技はまさに自然体で、等身大の青春を体現できる10代女優として唯一無二だった。業界の評価は高く、映画好きの間でも“ファン”というより“支持者”が多くいた。ちなみに事務所はヒラタオフィスで、松岡茉優の先輩に当たる。
 自身の高校最後の年に公開された「夜のピクニック」はジュブナイル路線の極み。全校生徒が80キロを夜通し歩く伝統行事に、彼女の演じる主人公が、実は異母兄妹であるクラスメイトの男子に初めて話し掛けるか、自分のなかで賭けをして臨む。友だちと夜空を見上げて交わす会話など小さなエピソードも胸に残り、多部のナチュラルな高校生らしさが存分に生きていた。
 だが、ドラマに進出すると路線を変えていく。初の連ドラ「山田太郎ものがたり」(TBS系)では、二宮和也が演じる主人公に恋してとてつもない妄想を繰り広げては1人でトロンとなるマンガ的な役で、彼女の映画を観てきた人たちを驚かせた。当時は本人も「今までとまったく逆で戸惑っています」と話していた。NHK朝ドラで平成生まれ初のヒロインとなった「つばさ」も異例のコメディ色があった。
 「僕のいた時間」(フジテレビ系)などシリアスものもやりつつ、より印象を刻んだのはやはり「デカワンコ」や「ドS刑事」。本人も吉本新喜劇好きなこともあってか、こうしたコメディにノリノリと見えた。そしてコミカルなキャラものは多部のお家芸となっていった。
 本当に10代の彼女からは考えられなかった展開だが、いくら青春映画で評価され映画マニアに絶賛されようと、いつまでも高校生役は演じられない。彼女と同様に10代でナチュラルな演技を称賛された女優が、20代で伸び悩むケースも少なくない。
 映画中心に活動していた多部は、自然体と対極のコメディ路線で当ててドラマでも重宝されるようになった。青春期を過ぎて27歳になった現在も活躍を続けている。ヴィジュアルはスタンダードな美形でなく、演技力はあっても本来ドラマでコンスタントに主役級に起用されるタイプとは違う。だが、鋭い目つきで個性的な顔立ちは、キャラものにはうってつけ。独自のポジションをうまく確立したと思う。
 ただ、コミカルな演技を何も考えず楽しめるのは、わざとらしさを感じさせないからでもある。面白さを出しつつ安っぽいコントにならないバランスが取れていて。10代の頃の青春映画と真逆なことをしているようで、作品の世界観を自然に体現する意味では、女優・多部未華子の本質は実は変わっていない。「あやしい彼女」ではたくさん笑わせてもらった末に、最後に涙をボロボロ流すシーンがあり、観ていても泣きそうになった。
 やはり彼女が大人の等身大で演じる映画も観たい気もした。10代の頃とは違う“青春”が、そこに描かれるはずだから。
 
 

ライター・旅人 斉藤貴志