ドラマ「なぞの転校生」が描いた美しい世界

青春や日常のかけがえなさは
失って初めて気づくものなのか

 晴れ渡った空と木々の緑。夕焼けに照らされた街並み。日常でそんな光景に「なんて美しいんだ、この世界は」と思うようになったのは、2年前にドラマ「なぞの転校生」(テレビ東京系)を観てからだった。現在、水曜27時20分~と真夜中に再放送されている。
 「なんて美しいんだ、この世界は」とは、劇中で“なぞの転校生”の山沢典夫(本郷奏多)が、満天の星空を見上げて発した言葉。彼は「この世界」の人間ではない。時空に存在する並行世界のひとつD8から、D12と呼ばれる「この世界」に来た。D8世界は核兵器による放射能で崩壊し、実は彼は人間でもなくヒューマノイド。後にD8から逃れて来た人間たちも、青空や花や放射能を含まない雨に絶句する。「D12の者たちは毎日こんな美しいものを見て暮らしていたのか」と。
 「なぞの転校生」は個人的に、この10年ほどで最も心に残ったドラマだ。SFのなかに青春の切なさときらめきが散りばめられていて。原作は眉村卓のジュブナイル小説。1965年に「中二コース」という学習雑誌で連載されたとか。1975年にはNHK「少年ドラマシリーズ」で実写化。それらを見た世代ではないが、39年ぶりのリメイクに、たぶん当時の少年たちと同じテレビに胸が騒ぐ感覚が蘇った。
 初回冒頭の流れ星のシーンから、反射した光がきらめくような映像がノスタルジックで美しい。岩井俊二が脚本と企画プロデュース。監督は多部未華子主演の「夜のピクニック」などで知られる長澤雅彦。あの映画同様、自然光と手持ちカメラを生かしジュブナイル感を醸し出していた。そのなかで物語が展開する。
 転校生が現れる前の1話。学校で幽霊騒動が起こり、岩田広一(中村蒼)と幼なじみで同級生の香川みどり(桜井美南)らが、正体を突き止めようと夜の校舎を探検する。広一とみどりがペアで、懐中電灯を照らして真っ暗な廊下を進み体育館へ。
 歩きながら、みどりが広一に「私のこと好きでしょう? いつも視線が気になる」と言う。唐突かつ平然と。ドギマギする広一。彼も2人で見た流れ星を引き合いに、「何をお祈りした? 俺とつき合えるように、とか?」とやり返すが、どうにもガキっぽく、みどりに軽くいなされる。
 青春だな。好きになった女子を教室でチラ見していたら、相手にすべて見透かされていた経験はあった気がする。いつでも女子が上手だった。「なぞの転校生」では、こんな青い会話が随所に出てくる。SFながら青春色が強いのは、典夫が異世界から来たヒューマノイドでも、みどりや広一は終盤まで、その事実を知らないから。彼らにとっては、風変わりではあるがただの転校生。
 案の定、みどりは典夫に惹かれていく。彼女を好きな広一も揺れる。純粋ゆえの三角関係。再放送とはいえドラマが毎週オンエア中なので細かなネタバレは避けるが、のちに広一は言い争いのどさくさに紛れ、みどりに「好きだ」と告白する。そして、みどりは「なんで今言うの? あのときに言ってくれたら」と幽霊探しの夜を持ち出す。
 こんな青いやり取りを久々に聞いた。本人たちには苦い出来事も、後から思えば輝く青春のひとコマ。青春とは渦中にいると気づかぬまま過ぎる美しい季節だ。「なぞの転校生」で描かれたものは結局ここに尽きる。失ってから美しさに気づくものは青春だけではない。星空や夕焼けや陽光。当たり前にある光景も、放射能で滅びたD8世界の人間には、どれだけかけがえのないものに見えたか。

手が届きそうで届かない透明感
桜井美南は大学生になり開花か

 ドラマのなかのみどり=桜井美南は、男子的にはかけがえのない青春の象徴だ。あの頃好きになった女子を思い出させた。特定の誰かに似ていたとかいう意味ではなく。美しすぎない程度にかわいくて、それなりに会話も交わして、何だか気になって見つめてしまう。そんな女子を好きになりませんでした?
 手が届きそうで、でも手を伸ばせば、すり抜けてしまうような透明感。桜井美南はいそうでいない少女に思えた。当時16歳。取材したら、劇中のみどりより朗らかな印象だったが。「キットカット」の受験生応援キャラクターに応募者8172人から選ばれて芸能界入り。「なぞの転校生」は女優デビュー作にしてヒロインだった。アーティスティックな主題歌「今かわるとき」で歌手デビューもしている。
 事務所も推していくのかと思いきや、その後は目立った活動がなく、ちょっと心配していた。この世界、いろいろあるので。そしたら先月、彼女が慶応義塾大学文学部に入学とのニュースが。幼稚舎から慶応に通っていて……ともあった。進学のために仕事をセーブしていたらしい。
 そういえば取材の際、「中学で馬術部に入っていた」という話も出た。馬術部のある中学とは珍しい。聡明さも感じられ、お嬢さま系の学校なのかなと思ったが、慶応でしたか。余談だが、当サイト編集長も慶応普通部の馬術部出身だ。
 晴れて大学生になり、今後はドラマや映画で彼女をたくさん観られることを期待したい。すでに2年前の彼女とは違うと思うが、大人へと成長し女優として開花していくのを見守れたらうれしい。
 「なぞの転校生」では最終回にも、彼女の胸を打つシーンがあった。ネタバレするので、再放送で初めて観る人はこの先を読まないでもらえれば。
 公園で広一たちSF研究会が「なぞの転校生」という自主制作映画を撮っていた。みどりたちも駆り出される。ヒューマノイドに恋した役のみどりは台詞として、典夫に「あなたが気になって仕方ないの」と告白した。「僕も忘れられなかった、と答えるようにしかプログラミングされてないのです」と返す典夫に、「私だってそんなふうに言われたら、こんな気持ちになるようにしかできてません! 人間だって嘘ぐらいつくわ」と涙ながらに寄り添うみどり……。青春のはかなくも眩しい一瞬を切り取った、美しい劇中劇だった。

ライター・旅人 斉藤貴志