藤原さくらのヒロイン抜擢の成否

表情豊かで胸を打つ演技に
視聴率とは別の大きな価値

 駆け出し編集者の頃にSPEEDがデビューした。沖縄アクターズスクール出身で“アムラー”ブームを起こしていた安室奈美恵の後輩。同じプロダクションの所属。当時、業界関係者が「安室をブッキングすると、SPEEDとかいう新人も出さないといけないんだよねぇ」などとボヤいていた。いわゆる“バーター”というやつだ。
 しかし、その後のSPEEDはご存じの通り。逆に他の新人とバーターでも何でもいいから彼女たちをブッキングしたいと、手のひらを返した関係者たちが血眼になっていた。光る人は何をしても光るし、光らない人は光らない。
 だから、一般視聴者である自分たちが“バーター”に目くじらを立てるのは、どうかと思う。純粋にいちタレントとして見ればいいだけのこと。などと書いておいてナンだが、最近のバーター案件と言われる(オーディションで選んだそうだが)「ラヴソング」(フジテレビ系)での藤原さくらのヒロイン起用には、当初ちとカチンときた。
 彼女が主演の福山雅治と同じ事務所だからどうこう言いたいわけではない。役名も佐野さくらで、藤原さくらを売り出したい意図は感じるが。そんなことより、同じ若手シンガーソングライターの新山詩織が回想シーンにだけ出る脇役なのが解せなかった。歌う役でシンガーを抜擢するなら、新山詩織がヒロインでしょう! 知名度的にもヴィジュアル力でも。
 ……というのは、ぶっちゃけ新山詩織ファンとしてのひとり言ながら、客観的に考えても、2月にシングルがオリコン21位になった新山の“ドラマ初挑戦”を押したほうが話題になったのでは。彼女の役は福山の昔の恋人の亡くなったシンガーで、出るときはハットをかぶってメイクもしすぎ。台詞もほぼなく、誰がやっても同じに思える。新山詩織の魅力がまるで出てない無駄づかい状態は不満だ。
 しかし、名前しか知らなかった藤原さくらの演技を見ているうち、それすら忘れるぐらいになっていた。彼女は良い。引き込まれる。胸を打たれる。ヒロイン抜擢はやはり正解だった。
 彼女が演じる佐野さくらは吃音。「わ、わ、私は……」などと言葉を詰まらせながらしゃべる。正直そこが必ずしも“らしく”は見えない。二宮和也が脳性まひの役を演じたときのリアルさなどに比べたら。
 ただ、佐野さくらは父が行方不明で母を亡くして施設で育ち、職場でほとんど話さず、人生に嫌気がさしていた……との設定。そして吃音とくれば、演技経験のない新人がやると、ただ内にこもった暗い演技になりがち。そこが藤原さくらは違っていた。
 吃音の佐野さくらは言葉は出てこなくても、内面的にはむしろ活発なところがある。気のおけない親友たちにはパッと明るい笑顔を見せてジョークも飛ばし、本音むき出しでケンカするシーンも息も呑んだ。親友役でキャリアのある夏帆と渡り合っていて。
 そして何より、福山演じる臨床心理士・神代広平への恋心。彼のちょっとしたひと言でときめいたり落ち込んだりするのが、台詞がなくても顔に出て、恋する乙女な感じがかわいかった。表情がナチュラルにコロコロ変わるのが観ていて楽しい。その分、笑顔を作って心で泣いてるような切なさも伝わり、胸を締め付けられる。
 特に神代の胸に顔をうずめて「私はせ、先生が好きで好きで。もう大好きなんです……。」と涙の告白をして受け入れられなかったシーンは、抑えていた気持ちがどうしよもなく溢れた感じで泣きそうになった。良い演技かどうかは結局、観る者の胸を震わせられるかで決まる。だから、藤原さくらは良い。
 「ラヴソング」の視聴率は8話までに最低6.8%を記録し、月9史上最低ペースとなっている。「結婚した福山のファンが離れた。劇中年齢23歳差のラブストーリーはキツイ……。」などと言われているが、単純にいちドラマとして陳腐に思うところは多い。特に終盤を迎え、さくらの喉に悪性の肉腫が見つかり声を失うかも……という展開にはうんざりする。病気や人の死で話を盛り上げようとするのは、もうやめません?
 とはいえ、藤原さくらには何の落ち度もない。彼女の女優としての可能性は“バーター失敗”のレッテルで摘んでしまうにはあまりに惜しい。視聴率とは裏腹に、回を重ねるごとに生き生きとした演技になってきていて。
 一方、彼女の歌う主題歌「Soup」が6月8日に1stシングルとして発売される。カップリングは劇中歌の「好きよ 好きよ 好きよ」。共に福山の作詞・作曲だ。すでに自作曲によるフルアルバムをリリースしていることを考えれば、今回のドラマ出演はやはり知名度アップ作戦の側面が大きいのか。同じような歌連動の映画「カノジョは嘘を愛しすぎてる」で大原櫻子がブレイクした手法。15年前にもドラマ「傷だらけのラブソング」(フジテレビ系)から中島美嘉が世に出ている。
 となると、そもそも藤原さくら自身、今後も女優活動を続けるつもりなのか気になる。彼女に影響を与えたYUIの映画「タイヨウのうた」のように、「ラヴソング」は一度限りのことになるのか? 視聴者としては、また違う作品で女優ぶりを観てみたい存在ではある。

ライター・旅人 斉藤貴志