FRESH ACTRESS 北向珠夕
PHOTO=小澤太一 INTERVIEW=斉藤貴志
キャペーンモデルからグラビアを席巻
大河ドラマ「いだてん」で女優デビュー
――名字も名前も珍しいですね。
「親族以外で北向(きたむき)という人に会ったことがありません。宅配便だと“きたむかい”さんとか、謎に“きたむら”さんと呼ばれます(笑)。珠夕も“しゅゆう”とか“たまゆう”と読まれがちで、『“みゆ”です』と言うと『なんだ』みたいな(笑)」。
――身長170㎝ですが、昔から背の順は後ろのほうでした?
「小2でバレーボールを始めてから伸びました。ピョンピョン跳ねて、ごはんをいっぱい食べて、疲れてよく寝ていたので(笑)」。
――バレーは自分からやりたいと?
「ふたつ上の姉が先に始めて、お迎えに行くうちに『私もやろうかな』と。その頃、お母さんのおやつを食べてポチャッとしていたので(笑)、親も『いいんじゃない』となりました」。
――中学では東北大会に優勝して、青森代表チームで全国大会に出場。高校は特待生で岩手の名門校に進学ということなので、バレーが生活の中心だった感じですか?
「練習で休みの日はほぼありませんでした。高校は寮生活で、朝練があって、学校に行って、終わったらまた練習。思い出したくないくらい、つらいときもありました」。
――高1でケガをしてバレーをやめたそうですが、どんなケガだったんですか?
「ブロックのときに『痛いな』と思ったら、首の近くの第一肋骨が折れていたんです。早く言えば良かったんですけど、1年生からレギュラーに入れたので外されたくなくて、そのまま練習していたら悪化して治りが遅くなって、最終的には心が折れました」。
――名門校で1年からレギュラーとすごいだけに、小2から打ち込んできた道が閉ざされて、絶望的になったのでは?
「でも、芸能界の仕事もやりたい気持ちがあって、ある意味、踏ん切りがつきました。『新しいことを始めるんだ!』って前向きでしたね」。
――バレー漬けの毎日の中でも、テレビやファッション誌は見ていたとか?
「寮で先輩に白い目で見られながら(笑)、『Seventeen』や『non-no』を読んでました。驚いたのが、寮のお風呂で化粧水や乳液を付けていたら、先輩に『それ何?』と言われたんです。みんなはそれくらいバレーひと筋で、メイクも誰もしてなかったので、ギャップを感じてはいました」。
――東京に遊びに来たら原宿でスカウトされて、旭化成のキャンペーンガールに選ばれたりと、芸能界でも逸材ぶりを即発揮しました。自分が表紙の雑誌を店頭で見たりもしますよね?
「最初に『週プレ(週刊プレイボーイ)』さんに出させていただいたときは、発売日になった深夜にお姉ちゃんとコンビニに買いに行って、『出てる出てる!』と無駄に本を持った写真を撮りました(笑)。『FRIDAY』さんで初表紙のときも、お姉ちゃんとコンビニで買って、お店の前の人がいっぱい通ってるところで『ヤバイ、ヤバイ!』と騒いでました(笑)」。
――その後もいろいろ出ていますね。
「ありがたいです。自分がサーッと眺めていたコンビニの雑誌売り場に、自分の写真と名前がバーンと出ていて、ドキドキしたりニヤッとします(笑)」。
――そして放送中の大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」で、“東洋の魔女”と呼ばれたバレーボールチームの磯辺サタ役で女優デビュー。演技も最初からやりたかったんですか?
「最初はモデルさんに憧れてましたけど、演技レッスンを受けて、だんだん『女優さんって、こういうことを積み重ねていくんだな』とわかってきました。それで『いだてん』に出させていただいて、台詞はひとつだけでしたけど、みんなで作品を作ることに参加させてもらえて、『もっとやりたいな』という気持ちになりました」。
――ドラマや映画はよく観るんですか?
「映画館にも行きますけど、Amazonプライムで家で観ることが多いです。最近はインドのコメディ系の映画が面白くて、今は男性3人が主人公の『きっと、うまくいく』を、長いので小刻みに観てます。邦画だと『湯を沸かすほどの熱い愛』を観てボロボロ泣きました」。
――「いだてん」のバレーボールのシーンは、北向さん的には楽?
「いやいやいや。真夏に撮ったこともあったし、練習でアザを作りながら、ひたすら回転レシーブをして、経験者の私でも楽ではなかったです。初心者の方もいて『キツイだろうな』と思いながら、みんなで支え合いました」。
――「いだてん」は1964年の東京オリンピックをめぐる物語ですが、回転レシーブは今のバレーボールの技術としては基礎になるんですか?
「土台になるもので、今の選手は流れでできてしまうと思います。でも、東洋の魔女の皆さんがそれを生み出すまでは、どれだけ大変だったかが描かれています」。
回転レシーブの場面をまとめて撮って
青春みたいに泣いて円陣も組みました
――東洋の魔女についても調べたんですか?
「伝説としては知ってましたけど詳しくはなかったので、オーディションのときに調べました。日紡貝塚という実業団のチームで、すごいエピソードがどんどん出てきて、『この感じをちゃんと出せるかな』と思いました」。
――どんなエピソードが印象に残りました?
「4時に起きて朝練が9時までで、会社の仕事を夕方の4時までやって、また夜の10時とか12時まで練習という、意味のわからないスケジュールだったり(笑)。いつ寝ていたんだろう? シーンの中でも過呼吸になっても放っておいたり……。カットになった場面では、指を脱臼した選手がいても、大松監督が『そんなのケガじゃない』って、ギュッと入れて戻したんです。そんなこと突き指でもダメでしょう、と思いました(笑)」。
――そういうのも実話が元なんですよね。磯辺サタさんも実在の選手でした。
「当時、今の私と同じ19歳で、ご両親がいらっしゃらなくて、大松監督をお父さんのように、さらに恋愛感情に行きそうなくらい慕っていたと聞きました。プレースタイル的には無口で無表情ということで、昔の私もそうだったんです。完全に集中しちゃって、ミスしたらハーッとなって自分で解決する。だから練習シーンは演じるというより、そのままの感じでやりました」。
――台詞がないところでも、そうしたキャラクターは意識していたんですね。
「みんなにそれぞれキャラクターがありました。ずっと笑っている人、ブツブツ言ってる人、何もしゃべらない人……とか、面白かったです」。
――新人女優として現場には馴染めました?
「東洋の魔女役の皆さんはみんな私より年上で、やさしく接してくださいました。キャプテン役の安藤サクラさんは、私たちからしたら『どう距離を取ったらいいだろう?』と思ってましたけど、一緒にお昼ごはんを食べてくださったり、練習にも必ず来てくださいました」。
――アカデミー賞女優さんが、一緒にバレーボールの練習もされたんですね。
「回転レシーブのシーンを全部まとめて撮るので、どこでどの動きをするか不安があって、スタッフさんにお願いして自主練習をさせてもらったんですね。私たちはサクラさんはいらっしゃらないと思ったら、当日来てくださったんです。その自主練習の日にギュッと一致団結できました。回転レシーブを『今の良かったよ』とか声を掛け合って、みんな一気に上手になりました」。
――そんな中で、北向さんも溶け込んだわけですね。
「おこがましいですけど、すっかり馴染ませていただきました。回転レシーブのシーンは真夏の体育館で2日かけて撮って、1日目の夜に、バレー経験1年の子が疲れてうまくできなくなって泣いちゃって、過呼吸気味になったんですね。そこでサクラさんが『外に出よう』と言われて、『今日はこのシーンをやり切ったら終わりだから頑張ろう!』って、みんなで泣きながら円陣を組んだんです。本当に青春みたいで、カメラは回ってなかったんですけど、後から『あれはメイキングで使えたね』と話しました(笑)」。
――バレーボールに打ち込んできたことは、直接ではなくても、今の仕事に役立っていますか?
「自分を鍛えて追い込みながら、うまい具合に抜くこともバレーで培いましたし、いろいろな大会を経験したので、緊張はしても何もできなくなることはありません」。
――東京暮らしにも慣れました?
「最初はハチ公と写真を撮ったりしてましたけど(笑)、最近やっとビクビクせずにお買い物できるようになりました。『試着しますか?』と言われたら、そのまま買ってしまうことがよくあったんです。帰ってよく見たら『うーん……』となっていたのが、自分でかわいいと思った服だけ試着して、買うようになりました。電車にも慣れて、いろいろなところにお出掛けしてます」。
――東京でお気に入りの場所もできたんですか?
「私、駄菓子が好きなんです。地元のおばあちゃんちの近くに駄菓子屋さんがあって、消費税が5%の頃に105円をもらって買いに行ってました。東京でも行きたくなって調べたら、幡ヶ谷に昔ながらの小さなお店があって、よく行ってます」。
――どんな駄菓子を買うんですか?
「必ず買うのが、10円の糸引き飴。糸を引いて大きいのが出るか、小さいのが出るか。私はコーラ味が好きです(笑)」。
――休みの日は外に出掛ける派?
「そうですね。ジムに行ったり、お散歩して公園でのんびりしたり……。あと水族館が好きで、年パスを買って、イルカショーを観たりしてます。でも、最近はぬり絵にハマりました(笑)。大人のぬり絵で、曼荼羅模様とか家で1日中やってることもあります」。
――もうすぐ20歳なんですね。
「嬉しいです。初対面で年上に見られることが多いので、だんだん追い付けますし、自分の気持ちも変わるかなと思って。早く次のステップに行きたいです」。
――20歳で迎える2020年はどんな年にしますか?
「私はたぶん、先を考えると目の前のことがおろそかになっちゃう気がします。まず目の前のことをちゃんと成し遂げていって、次に繋げていくことが、今の自分に必要じゃないかと思います」。
北向珠夕(きたむき・みゆ)
生年月日:1999年12月14日(19歳)
出身地:青森県
血液型:B型
【PROFILE】
2018年に旭化成グループの第43代キャンペーンモデルに選ばれる。「FRIDAY」(講談社)、「週刊プレイボーイ」(集英社)、「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)などで表紙を飾る。2019年11月より大河ドラマ「いだてん~東京オリンピック噺~」(NHK/日曜20:00~)に出演中。
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