iDOL Streetの海外留学はアイドル界に変革を呼ぶか?

センターが2年離れる以上に大きいことは…

 インドのデリーからイギリスのロンドンまで乗り合いバスだけで向かう旅を記したバックバッカーのバイブル、沢木耕太郎氏の「深夜特急」に、大学を卒業して入った会社を1日で退社した回想が挿入されている。雨に濡れて歩くのが好きだったのが、初出勤の日にスーツが濡れないように傘をさし、オフィス街へ黙々と歩むサラリーマンの流れに身を任せているうちに、“会社に入るのはやめようと思ったのだ”と。
 それに影響されたわけではないが、自分も最初の会社は1ヵ月で辞めた。学生時代に海外留学をしなかったことが、大きな忘れ物に思えて仕方なかったから。在学中はヨーロッパ中心に貧乏旅行はちょくちょく行き、一度は腰を据えて留学するつもりだったが、それ以前に目先の単位を取るのがやっと。そのくせバンドやら何やらと熱を上げて、気づくと卒業が迫っていて。
 海外暮らしを経験しないまま会社員生活に流されたら、一生後悔する。そう思い立ち、辞表を提出。本当はロンドンに留学したかったが、現地でバイトもできるワーキングホリデービザで行けたのは、当時カナダ、オーストラリア、ニュージーランドだけ。なので、元はイギリス植民地で英国色の濃いカナダのヴィクトリアを選んだ。
 ……などと誰も興味ない無名ライターの自分語りは、Cheeky Paradeの山本真凜と鈴木真梨耶、GEMの武田舞彩が6月から2年間、LAに留学する話の前振りでした。iDOL Street、素晴らしすぎる。自分が入った会社にもこんな制度があったら、留学のために辞めることはなかったなと。他のアイドルグループでも同様に留学を募れば、即座に手を挙げる人が何人もいるのでは。
 そして、自分も留学経験を生かして今があるから……という話なら美しいのだが、実際はグローバルな仕事は1コもしてません。肝心の語学力もねぇ。留学中はスクールで仲良くなった韓国人のユンくんと、よくカフェで英語で話していたが、いつも周りの客に爆笑された。とてつもなくヘンテコな英語でしゃべっていたらしく。それでも、あのヴィクトリアでの1年は、自分の人生最良の日々だったと思う。これからそんな経験をする3人がうらやましくもある。
 それはともかく、このiDOL Streetの海外留学、グループのセンターが2年離れることがファンに衝撃を与えたが、それ以上に大きい、アイドルの根底に関わる問題提起がされているのではないか。
 武田舞彩たちは本格的な歌やダンスの修行のためにLAに行く。きっと2年後は格段上のスキルを身に付けて帰国するだろう。日本に残るメンバーたちも「負けない」と思っているようだ。本気のアイドルなら誰しも、スキルアップへの努力は惜しまないはず。
 だが一方、よく言われる通り、アイドル界では“成長を応援する”というファン意識が根付いている。欧米や韓国のように完成品を世に出すのでなく、未完成の少女が階段を上っていく姿を愛でる日本のアイドル文化は独自のものだ。
 逆に言えば、ファンはアイドルの成長を応援しつつ、本当に完成の域に至るほど成長したら熱が冷めるという矛盾を抱える。この辺のことはドラマ化された「武道館」の朝井リョウ氏の原作小説でも触れられていた。
 一番技量の高いアイドルが一番人気が出るわけでもない。武田舞彩たちが、たとえばジャネット・ジャクソンばりに踊れて世界に通用するパフォーマンス力を身に付けたら、ファンも喜ばない理由はないはずだが、それはもはやアイドルと呼べるのだろうか? しかも、ファンと共有しない2年で結果だけを見せられたら。
 あるいは、そんなファン意識そのものから変えていくのが、iDOL Streetの大きな試みなのか? 5月にメジャーデビューする第4のグループ・わーすたは“The World Standard”=世界標準の意味。言葉通りに取るなら、未完成に価値を見る日本式アイドルからの脱却も意味する。留学制度もその一環? 
 48グループが日本のアイドルフォーマットをアジア圏に輸出するのと逆に、日本のアイドル界に完成度こそ評価する世界標準の物差しを輸入しようというのか? Destiny’s Childのような存在を“アイドル”の最高峰と捉える価値観とでもいうか。てなことは考えすぎな気もするが。
 何であれ、武田舞彩たち自身には関係ない話。ただ頑張って、そして楽しんできてほしい。そんな想いから、先日GEMの取材で留学経験者の先輩風に「2年後には『帰りたくない』という気持ちになっていると思うよ」などと彼女に偉そうに言ってしまい、あとで1人で恥じ入った。時代も背景もまるで違う留学なのに。
 でもまあ、語学に関しては、自分がヴィクトリアの先生に言われたのは、「日本人は英語を学ぶ以前に会話をしなさすぎる。まず日本語でもいいから、今までの倍は話せ」と。彼女たちの世代は堂々としているから、その辺は問題ないのかな。
 あと海外では、日本で当たり前なことが当たり前でなかったりして面白い。たとえば血液型による性格分けの話など、カナダやヨーロッパでは「はぁ? バカか」という顔をされた。そのくせ、向こうの人たちは星座による性格分けを信じていたり。
 そんなことはどうでもいのだが、この壮大な実験のパイオニアとなる彼女たちにエールを送りたい気持ちは大きい。つま楊枝は意外とないから日本から持って行くといいよ、とか本当にくだらないことしか言えないけどね。
 
 

ライター・旅人 斉藤貴志