“月9”で坂元裕二氏が問いかけるもの
重苦しい序盤から描く5年間に
“本物”のラブストーリーの予感
2016年版の「東京ラブストーリー」……との打ち出しは違っていたと思う。フジテレビ系の月9ドラマ「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」。そもそも25年前に放送された「東京ラブストーリー」を知らない視聴者も多いはずだが、当時は平均22.9%、最高32.3%の視聴率を記録し、社会現象的なブームになったドラマだ。
「セックスしよう」とあっけらかんと言ったりする奔放な帰国子女のリカ(鈴木保奈美)と、地元・愛媛の高校の同級生で控えめなさとみ(有森也実)の間で、主人公の完治(織田裕二)が揺れる恋物語。原作は柴門ふみのマンガで、脚本が坂元裕二氏。以来ヒットメーカーとなった坂元氏が「いつかこの恋を~」でオリジナル脚本を手掛けている。月9は区切りの10本目。そこから“2016年版の「東京ラブストーリー」”という向きが出たのだろう。
公式HPでも“東京の街を舞台にした本格ラブストーリー”と謳われ、ノスタルジックなタイトルからも甘酸っぱい恋愛ドラマをイメージした人が多いかも。だが、「東京ラブストーリー」当時は23歳でトレンディドラマの象徴的作家だった坂元氏も、近年は社会問題にアプローチした奧深い作品が多い。
幼児虐待を題材にした「Mother」(日本テレビ系)、殺人事件の被害者と加害者の家族を描いた「それでも、生きてゆく」(フジテレビ系)、震災後の結婚事情を切り取った「最高の離婚」(フジテレビ系)。エンターテイメントとして成立させつつ、胸が痛くなる描写も少なくない。昨年の「問題のあるレストラン」(フジテレビ系)では女性差別に切り込み、ミスをしたOLが裸になって謝罪させられるシーンもあった。
「いつかこの恋を~」も1話から、ラブストーリーというより重苦しい展開が続く。主人公の杉原音(有村架純)は幼い頃にシングルマザーの母親を亡くし、北海道の寂れた街で養父母に育てられた。養父に家政婦扱いされ、寝たきりの養母の介護もして、自分の意志と関係なく地元の名士との結婚を決められる。その結婚が破談になると、養父は音の母の遺骨をトイレに流したり。
キュンとなる恋愛ドラマを期待して観たら、「何だこりゃ」となるだろう。ネットの感想サイトでも、「涙腺崩壊」「ただ楽しい恋愛ものより、ずっと観る気になる」といった賞賛がある一方、「暗い、地味」「月曜から鬱ドラマはキツい」「やさしい人が苦労する物語はムリ」といった否定派も多い。主演にかわいらしい有村架純を配したのは月9としての配慮というか、重苦しさとの中和を図ったのかもしれないが、視聴率も初回11.6%、2話9.6%と低調だ。
ただ、坂元作品のなかでも、2013年の「Woman」(日本テレビ系)も最初は散々「暗い」「重い」と言われていた。夫を亡くしたシングルマザーが2人の幼い子どもをギリギリの生活で育てながら、自らも病に冒され、さらに実母との確執が……といった話で、主演の満島ひかりの演技があまりにリアルで輪をかけた。そして、裏では人気シリーズで明るい「ショムニ2013」(フジテレビ)が放送されていた。
だが「Woman」は徐々に視聴率を伸ばし、「ショムニ2013」を逆転。最終回では16.4%まで達している。暗くても気になって観続けていた視聴者に、共感が広がって。ちなみに「ショムニ2013」の方は初回18.3%で、最終回は7.8%。
坂元氏は「いつかこの恋を~」を「自分にとって最後の月9ラブストーリー」と語っているそうだ。それは「ラブストーリー」の部分に力点を置いたというより、恋愛も含め様々なテーマに取り組んできた集大成との意味合いが強いのでは。1・2話でも若者の貧困問題などが垣間見えた。
男女6人の群像劇で、2010年秋から2016年春までの5年間が描かれる。男性主人公の曽田練(高良健吾)は両親を早くに亡くし、福島で祖父に育てられた。その祖父が騙し取られた畑を買い戻そうと上京して運送会社で働いているが、自身も同僚らに何かとハメられる。福島育ちだけに、東日本大震災に絡む逸話も出てくるのだろう。
確かに、寝転がって観るには向かないドラマだ。今ドキの視聴者受けは良くない。月9のブランド化に貢献した坂元氏が、自らブランド性に背を向けたようにも思える。だけど、「東京ラブストーリー」の頃は恋愛に浮かれ、「Mother」の頃には社会の厳しさが身に染みていた世代としては、坂元氏の筆致の変化はすごくよくわかる。
何にせよ「いつかこの恋を~」はまだ序盤だ。1人1人の人物の背景がしっかり描かれたうえで生まれる恋こそ、リアルで深いラブストーリーに繋がる気もする。ありがちな恋愛ドラマでは「この人たちは仕事や生活のことは頭にないのだろうか」と思ったりもするのと逆に。時に観るのが辛くても、音や練たちの現実と一緒に向き合っていきたいと思う。