舞台裏のプロフェッショナル映画「ちはやふる」 小泉徳宏監督

舞台裏のプロフェッショナル 映画「ちはやふる」 小泉徳宏監督

PHOTO=古賀良郎 INTERVIEW=斉藤貴志

広瀬すずの”残念なところ”を撮って
そこがまたかわいかったりしました

――監督が”女優が魅力的”という点で好きな映画はありますか?

「日本映画でいうと岩井俊二さんの『Love Letter』は、中山美穂さんがすごく魅力的に映っていましたね。当時の僕は中3でしたけど、普通に好きになっちゃいました(笑)」。

――岩井監督の映像美は、小泉監督の作品にも通じる部分がありませんか? フィルムっぽく撮られていたり。

「映画を作る人間なら珍しいことじゃないので通じると言えるのかはわかりませんが、フィルムのように撮ろうとは意識しています。『Flowers』までは35mmフィルムで撮影していたのが、『カノ嘘(カノジョは嘘を愛しすぎてる)』からデジタルシネマになり、なおのこと思うようになりました。光が滲む効果だったり、特に黒の階調は意識して作っています」

――「ちはやふる」で主演した広瀬すずさんについて、宣伝資料によると監督はクランクイン前、「なぜだかわからないけど大丈夫だと確信があった」とのことですが、撮影のなかで彼女の印象が変わっていった面はありませんでした?

「CMや雑誌を見て明るくて元気な子かと思っていたら、初めて会ったときはボソボソしゃべって(笑)、まったく逆のイメージでした。こんなにシャイな子とは。でも打ち解けていくと、だんだん素が出てきたので、最初は緊張していたのかもしれませんね」。

――千早役として求めていたのは、明るさや元気さだったわけですよね?

「千早はそういう役ですけど、別に演じる本人が明るい必要はなくて。普段から弾けてたり、声がうるさい方が千早を演じやすいとしても、そうでない人は芝居力があればカバーできる。ただ、当時16歳の彼女が本人の本質であるシャイな部分を越えて、千早のように飛んだり跳ねたりできるのか、不安はちょっとありました。それは本読みの段階で杞憂に終わりましたけどね。最初からパーンと跳ねてきたので」。

――「上の句」の冒頭のかるた部員を勧誘するぐらいのテンションで?

「出てましたね。彼女は当時でキャリア2年ぐらいかな? それであそこまでできるのは驚異的です」。


――監督は以前、「新人の役者は本人の性質と役柄の間に少しでも似てるところを見つけないと」と発言されてました。すずさんと千早には似てるところもありました?

「今となっては『あった』と言えます。最初は『どうだろう?』と思いましたけど、本当の彼女は情熱的で体育会系なんです。ちょっと粗野でガサツなところもあって、女子力低めなんですよね(笑)」。

――あんなにかわいいのに……というのは、千早と似てますね。

「そうそう。そこは合っていたんだと思います」。

――前作の『カノ嘘』ではヒロイン役の大原櫻子さんと「たくさん話した」そうですが、すずさんとも密にコミュニケーションを?

「櫻子さんはオーディションも長かったし、本当の意味で一から始めたので、いろいろな話をしましたけど、広瀬さんはいくつか仕事をやっていて、キャスティングしたあとに『海街diary』も公開されて。いろいろ参考になる資料はあったので、そこまで話し合わなくてもできました。それ以前に、彼女にこちらの意図をつかむ才能があったんです。演技のなかで何を求められているか、脚本のなかでどんな立ち居振る舞いでやるべきか。そこをセンスでつかみ取れる人でした」。


――そういうセンスを如実に感じたシーンの例を挙げていただけますか?

「たとえば『上の句』の千早が太一と再会した屋上のシーンで、ドアが閉まっちゃって2人が置き去りになって『助けてくださーい!』と地上に叫ぶとき、ちょっと千早のスカートが危うくなるんです。そういうところで千早のガサツさを表現したんですが、普通あれぐらいの年ごろの女の子だと『恥ずかしい』とか『見えたら困る』みたいな気持ちが仕草に出るものなのに、彼女はそういう様子が少しもありませんでした。『何なら見れば』ぐらいの勢いで(笑)。もちろん映画として見せるつもりはありませんが、何の抵抗もなくやっていたから、根性が据わっているなと」。

――白目をむくシーンも勢いよく?

「白目のトレーニングは現場で相当やりました(笑)。『それは黒目が見えすぎてる! もっと行ける! ハイそれ!』みたいな。電車でコトッと白目になって寝るシーンがあって、一回ムニャムニャしたあと、また寝に入るんですけど、そこでまたグリンと白目に戻る芝居をしていて。『わかってるな』と思いました。電車内のシーンは撮影回数も限られるので、そのテイクも撮影できる最後のテイクだったんです。心の中で『白目に戻れ!戻れ!』と念じてたら届きました」。

――監督はいわゆる”アイドル映画”を撮るつもりはなかったと思いますが、スクリーンのすずさんはとにかくかわいくて、良さが十二分に出ていて。そうした女優の良さを引き出すことも意識はされているのですか?

「もちろんです。それは映画の面白さ、魅力のひとつなので。女優さんがきれいであるとか、俳優が生き生きしているのは。アイドル映画のつもりではもちろん撮っていませんが、結果的にそうなってもいいと思う。それを越えて映画としてクオリティが高くて、ちゃんとしたメッセージをお客さんが持ち帰ってくれるなら。その場しのぎの作品でなければ、女優が魅力的に見えることは映画の強みになるし、彼女自身のステップアップにもなる。お互い良い作用のはずなので」。


――「ちはやふる」はまさに1本の映画としても、すずさんの10代での代表作としても、後世に残る作品だと思います。

「だから、これを広瀬すずちゃん主演のアイドル映画と言われたとしても全然否定しないし、むしろいい事だと思うんです。なぜなら、彼女が魅力的に見えたということだから。それって良い映画の条件の一つだと思うんです。どんどんそう言われたいくらいです」。

――すずさんの魅力を引き出すうえで、気を配ったのはどんなことですか?

「彼女は『海街diary』ではおとなしくて心を閉ざしたような女の子を演じて、そのイメージが世間に浸透したところがあって。だから『千早には向かない』という声もあったなか、逆に彼女のパーンと弾けたところを世に打ち出したいと思いました。CMではやってましたけど。『次に彼女がやるべきなのはそっち』と意識して撮ったところはあります。きっと広瀬さんを映像でしか見てなかった人は、千早を演じる彼女の姿にはビックリされると思う。白目をむいたり、スカートのなかが見えそうになったり。そういうことは普通やれないし、やらないので」。

――田んぼに落ちたりも。

「そこでドロドロになって。あえて言うなら、広瀬さんの残念なところを撮ることは意識しました。こんなにきれいな顔をしているのに……みたいな。でも、それがまたかわいかったりするじゃないですか」。

――そうなんですよね。「下の句」で千早が一度離れたかるた部に戻ってきて、みんなにやさしく迎えられて「うーっ」と泣き出すところとか、すごくかわいかったです。

「彼女はプロなので感情のコントロールはちゃんとできますけど、泣くシーンで『きれいに泣こうとするな』とだけはよくよく言いました。涙がひと筋流れて……という日本映画的な美しさもあるとして、顔をクシャクシャにして不細工に泣いたほうが胸を打つと僕は思っていて。それは常に言ってました」。

――逆に、それだけ押さえれば、あとはお任せ?

「そこは広瀬さんに限らず、役者の領域なので。預けないといけないですよね。『鼻水たらしてもいいぞ。よだれをたらしてもいいぞ』と(笑)」。


松岡茉優は芝居を相当準備して
瞬発力が高いすずと真逆でした

――この映画、千早が主人公ですが、太一ら周りの人たちが千早を見ている映画にも感じました。天真爛漫な千早が太陽のような存在で、周りの人たちを照らして浮き立たせるというか。

「そうですね。印象としては、いろいろな人から見た千早……という感じですかね。『上の句』だと、実はストーリーテラーは太一なんです。千早は華。『上の句』では千早自身の葛藤はそんなになくて、彼女を見ている人たちに葛藤がある。だから、いろいろな人から千早を見る描き方がいいのかなと思いました」。

――「下の句」では、千早と対照的に月のような、かるたクイーンの詩暢役の松岡茉優さんもすごいですよね。ただ者でない存在感、孤高のたたずまい、それでいて女子高生らしくもあり……シビれました。

「松岡さんの演技力が間違いないのはわかっていました。完全に信頼してましたね。『桐島、部活やめるってよ。』に出ていて、素晴らしいと思いました。彼女の役はそこまで出番はなかったんですが、イイ感じのイヤなヤツだったんですよ(笑)」。

――友だちを小バカにしたり、人に見せつけるためにイケメンの彼氏とキスしたり。

「ああいう芝居って、なかなか難しいんです。それをなんなくこなしてましたから。自分の中に少しあった毒を大幅に広げたのか、完全なる役として演じたのかは、本人にしかわかりませんが。『この子はすごくいいな』と思いました。ひとつひとつの表情にうまさを感じました」。

――詩暢もただかるたが圧倒的に強いだけではなくて。

「クイーンとはいえ、普通の女子高生。16歳の女の子のコミカルなところも出したかったんです」。

――原作でいう”クイーンスマイル”については、何か演出はされました?

「現場で『こうしてください』と微修正はしましたけど、彼女はすごくカンも良いので。本を読めば何を求められているか、わかるんですよね。僕が『今のはただの素敵な笑顔に見える。顔は笑っていても心のなかで”死ね!”と思って』と言うと、本人もわかっていて『そのつもりでしたけど、もうちょっとやってみます』と」。

――詩暢のひと言がグサッと胸に刺さる場面もありましたが、松岡さんの演技の人の心を揺らす力の源って何なんでしょう?

「彼女は相当な努力家だと思います。現場でも、広瀬さんは感覚的で、瞬発力で色々とできちゃうところがある。松岡さんは現場に入る前から本を相当読み込んで、台詞も覚え込んで、どういう芝居をするか計算をかなり立てている。それは話しているとわかります。たぶん、自分は不器用だとでも思い込んでいるのでしょう。だからこそ事前にいろいろ考えてきて。でも、それはそれでひとつの女優のあり方。2人は役者としても真逆でした」。


――劇中でも喜怒哀楽をはっきり出す千早と、何があっても毅然としている詩暢のコントラストが描かれていました。

「千早と詩暢、まったく違うキャラクターがぶつかる感じが、直接対決でうまく描けた気がします」。

――「タイヨウのうた」でアーティストだったYUIさん、「カノ嘘」で大原櫻子さん、そして今回の「ちはやふる」で広瀬すずさんと、監督は新人・若手女優を輝かせる手腕を発揮されています。そうした若い女優と映画を撮ることに、監督として楽しさもありますか?

「面白いですね。まだ出来上がっていない才能と仕事するのは、すごく刺激的。何でもできる役者が放っておいてもいい芝居をしてくれた方が、そりゃ楽だと思いますけど(笑)、新人だとスリリングですね。ちゃんと芝居できるのか? 映画として成立するのか? ハラハラ、ドキドキはします。でも、彼女たちの将来が楽しみだったりもする。櫻子も成長しているし、広瀬さんも、ちはやふるを撮影し始めた時と比べればいつの間にか人気者になっている。そういう姿を見るのはうれしいです。いま本格派女優と呼ばれている人たちも、出始めはみんな”アイドル”だった。でも、実は芝居も上手である事が世間に認められて、それでやがて”女優”になっていくのなら、そして自分の映画がそのキッカケになるなら、こんなに嬉しいことはないです」。

――次作とかで仕事をしたいと思う若手女優はいますか?

「今回出て下さった若手女優さんは全員、また一緒に映画を作りたいです。その他で言うと、清水くるみさん、門脇麦さん、忽那汐里さん、荒井萌さん、小島藤子さんなんかとてもいいですね。それと、広瀬アリスさんとも何かやってみたいです。姉妹だからではなく、一女優として。覚悟が見える役者さんが好きなんです」。


――小泉監督も若くしてデビューされて、これから大監督になっていくのかと。すずさんとも何年か後に、また1本撮られるかもしれませんね。

「この先も一緒に映画を作っていきたい人たちの、広瀬さんは間違いなくその一人ですね。たぶん女優としてずっとやっていく子だと思うので」。


小泉徳宏(こいずみ・のりひろ)

生年月日:1989年8月20日
出身地:東京都

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映画監督・脚本家。ROBOT所属。2006年にYUI、塚本高史主演「タイヨウのうた」で劇場長編映画監督デビューを果たし、大ヒットを記録。2008年に佐藤隆太主演「ガチ☆ボーイ」を発表し、数々の海外映画祭でも上映される。2010年には竹内結子、仲間由紀恵、広末涼子らが人気女優6人が出演した「FLOWERS」、2013年には佐藤健主演でヒロインに新人の大原櫻子を発掘した「カノジョは嘘を愛しすぎてる」と話題作を手掛けてきた。「ちはやふる」は「上の句」が3月19日(土)、「下の句」が4月29日(金)に公開。

詳しくは映画「ちはやふる」公式HPへ