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2021/0311Thu久保史緒里2021.3.11






東日本大震災から
今日で、10年が経ちました。



この10年という歳月の中に、
数えきれない方々の想いがあり、
変わりゆくものも、
変わらないものもありました。







今でも鮮明に当時のことを覚えています。
目の前に広がる光景も、
ニュースで見た光景も、
音も、天気も、空も。

その記憶を残しながら、
今、東京の地で、
自分に何ができるのだろうと考える日々でした。








当時、私は小学3年生でした。
帰りの会の直後、
数人は既に帰宅途中でのことでした。



私は教室にいました。
雪の降る中、校庭に避難し、
親が来るのを待ち続けました。
普段、混むことのない道は、
非常に混雑していて、
10分の道のりも、
この日は1時間以上かかったそうです。
クラスの最後の3人にまでなり、
不安でいっぱいでした。



当時、しちりんで
雪を溶かして生活用水としたり、
お水が手に入らず、
炭酸水だけが残っていたので、
炭酸水で歯磨きをしたりしました。
父親と顔を合わせたのは1週間後のことです。



特に覚えているのは、音です。
当時、校内放送で聞こえてきた、
避難訓練とは全く異なる先生の声。
隣のクラスでは、
本棚が倒れていました。
今でも、
当時と同じように携帯電話が鳴り響くと、
怖くて怖くて、
どうしたら良いのかわからなくなります。

久しぶりに行った学校の校庭は、
地割れをしていて、
校庭で何かできる状況ではありませんでした。
その年、卒業生だった姉は、
母校での卒業式は叶いませんでした。



当時、
小学生だった私の目に飛び込んできた光景は
今でも全て、はっきりと覚えています。
その記憶を胸に、
今、ここに生きさせていただいている私に
何ができるのかを、
ずっとずっと考えていました。





自分には、
あの日のことを話すことなど許されない。
良いはずがない。そう思っていました。
しかし、風化させないこと。
その責任が、私にもあるのだと感じました。

あの頃、守ってもらっていた私が、
今年、成人を迎えます。

これからは、誰かを守れるように。
今、ここに生きていることは、
決して当たり前ではないということ。
その有り難みを、改めて噛み締め、
自分にできること、
与えられた使命を胸に、
前へ、進んで行こうと思います。








大好きな東北の地を離れ、
自分がこの場所で、
このお仕事をさせていただいている意味。
どこにいても、
東北のことは常に頭にあります。 
大切なたったひとつの地元。
大好きな大好きな東北の力に
少しでもなりたいと心から思っています。
その為に、今を懸命に生き、
この場所で、
活動を続けて行きたいと思います。
いつの日かこの想いが、
大切な地元まで届きますように。






このブログが、
未来へ繋がることを信じています。








東日本大震災により、
犠牲になられた方々の
ご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された方々に
心よりお見舞い申し上げます。





乃木坂46 久保史緒里





2021/03/11 13:00

コメント(1063)

くぼちゃん!ブログ更新ありがとう

私は中学二年生の時東日本大震災に逢いました。
当時は関東のおばあちゃんちにいました。
東北の姿をテレビ越しですがずっと見ていました。

高校生の時に東北に行って震災復興をしたい!って思って土木系の大学に就職して、今は宮城県名取市で道路の改良工事をしています。東日本大震災に直接的には関係ないですが、宮城県に貢献出来る仕事ができてとても嬉しく思います。

だから、久保ちゃんが東京で頑張ってるのに凄い救われてます。東北の方はみんな優しくて、よく行く閖上の市場のおばあちゃんから「今年も笑顔で過ごせたよありがとう」って僕はなにもしてないのに。みんな強いなって思います。

これからも東北を
よろしくお願いいたします。
久保ちゃん。ほんとにこの日は辛かったよね。。辛かったかもしれないけど、そんな時は8年前の11月3日、東北が一つになった日「あとひとつ」を思い出しでごらん。「あとひとつで夢が叶う」これをもう一回思い出して。東北の人たちはみんなが一つになれるという大きな大きな力を持ってるんだよ。久保ちゃんはその一員だからこれからも勇気と希望、そして感動を与えてあげてね。応援してるから。
こんばんは


ブログありがとう。


東日本大震災により、
犠牲になられた方々の
ご冥福をお祈りいたします。
被災された方々に
心よりお見舞い申し上げます。

久保ちゃんこんばんは。
あの日から10年ですね。

10年という区切りだからこそ取り上げてくださるメディアは多いけど
まだまだ復興の道半ば、というところもあるので難しい気持ちになります。

僕自身、三陸の沿岸地域には何度か実際に足を運び、
目に映るその光景に想いをめぐらせました。

BLOGOSさんの記事読ませていただきました。
久保さん自身の想いを深く知る貴重な機会であったと思います。
東京へ出てきたことに負い目を感じていたなんて...
そこで涙しました。
記事にも書かれていましたが、全国区の"顔"である久保ちゃんは宮城と他の地域をつなぐ架け橋となっています。

実際僕自身も久保ちゃんのおかげで宮城・東北の魅力をさらに知ることができています。
これからもその魅力を発信し続けてほしいな、と思います。

自分も未来へ、希望を持って
前を向いて進んでいこうと思います

久保ちゃんのこの文章が
東北に、そして未来へ届きますように。
あの日、僕は高校1年生で、弓道部の部活をしようとする最中でした。

高校の生徒、教員は全員無事でしたが、停電、断水、食料のこと、ワンセグで見る津波、原発事故のニュース、とにかく不安だらけでしたね。

そんな中、停電で真っ暗だから、天を仰いで見た、

満天の星空

今でも忘れられません。

辛い中にも癒やしを求める気持ちは、どんな状況でも忘れないでほしいです。

ファンはみんな久保ちゃんの味方です。

乃木坂の一員として僕たちに元気をくれるだけで十分です。

気負いしすぎしないでね。
久保ちゃん!乃木坂の歴史も東日本大震災と共に
繋がっている感じがします!
だから人の力に成りたいですね!
乃木坂も10年!東日本大震災も10年!
歩み是からも大切にしたいです!
久保ちゃん!乃木坂からは勇気を頂いてます。
有難うございます!頑張ろう~東日本!
コータローマンより!久保ちゃん!に感謝を込めて…イエーイ!
久保ちゃん、ブログ更新ありがとう。
BLOGOS(かな?)の記事も読みました。

震災10年を迎えて、「何かしなきゃ」って思いが強くなっているかもしれないけど、決して無理をしなくてもいいからね。
やりたい気持ちとやれる状況がきっちり揃ったときに、やれる範囲のことをやれば十分だからね。
ファンのみんなは、久保ちゃんがいつもふるさとのことを思っていることをわかっていますよ。
震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りしますとともに、被災された全ての方に改めてお見舞い申し上げます。

私は東北でも日本海側出身なので、直接震災で大きな被害を受けたわけではありません。それでも、当時小学6年生だった私が見た光景は、今でも忘れません。

あれから10年、私より3歳も年下の久保史緒里様がこうして活躍され、東北の魅力を全国に発信する活動をしてくださっている姿に、本当に勇気を貰っています。

昨年末、宮城県石巻市に足を運ばせて頂きました。今なお震災の跡が残る一方で、少しずつ活気が戻りつつある街の姿も見ることが出来ました。しかし、今日テレビを見ていて「心の復興はまだ進まない」という被災者の声に、思わず涙を流してしまいました。

私たちにできることは、震災の記憶を風化させることなく後世に語り継いでいくことだと思います。久保様がこのような発信を毎年欠かさず続けてくださること、本当に心強く思っています。

これからも陰ながら応援させていただきます。
Smart Newsで久保さんの記事読みました。当時のことを話すことは辛かったことと思いますが、こうやって文章におこして下さってありがとうございます。
あの時私は被災地から遠いところに住んでいて、ニュースで現地の惨事を知りながら何も出来ませんでした。今は実家が南海トラフの被災地になるかもしれないところにあり、人ごとではないと感じています。
久保ちゃん、毎年この日に震災のことでブログ更新ありがとう。
思い出すとつらいだろうけど、絶対に忘れてはならない出来事だから僕も毎年読んでます。

久保ちゃんは震災で大変な思いをしたことがよく分かるけど、それを乗り越えて、今は乃木坂46の一員として幸せな日々を送れている訳だから、久保ちゃんを見てると、自分もどんなに苦しいことがあっても生きていかねばという気持ちになれるし、凄く元気を貰えるよ。

去年から世界中が大変な状況下に置かれてるけど、そんな中でも久保ちゃんは僕に沢山の勇気と希望を与えてくれました。
自粛期間中のブログ、「世界中の隣人よ」のMV、46時間TVで元気にはしゃぐ姿、46時間TVクライマックスでのコメント・・・まあ挙げればキリがないけど、本当に乃木坂に久保ちゃんがいてくれてよかったと思います。

これからも東北の復興の為、人々の笑顔の為に精一杯活動していくと思うけど、僕はそんな久保ちゃんを全力で応援します。

世界中が希望の光に満ち溢れるいつかの日まで、お互いに頑張りましょう!
今年もブログありがとう。

仕事休憩中に泣いたらいかんと思って一旦途中で閉じました。

本当に怖い…
体験した人の言葉は一番響くんです。
でも、だからこそ久保ちゃんが語らなくて誰がするんです?
埼玉でヌクヌクとした中で怯えてた俺なんか発信出来ないんだから…
お願いだから二度と同じ被害にならないように久保ちゃんには堂々と語り継いでほしい。
僕は貴女のその責任ある姿を見ていきたいです。

2011.03.11に被災された方々に心からのお見舞いと亡くなった方々のご冥福をお祈りいたします。

そして、久保ちゃん。今生きている皆さん。

被災した中生き残ってくれてありがとう。
久保ちゃん ブログ更新ありがとうございます!!

震災から10年ですね。
あの日のことは10年経った今でも忘れません。
僕は兵庫県民なんですが、その時は小学5年生でした。
学校から帰ってきて、ニュースで地震のことを知りました。
学校で阪神淡路大震災の当事者の方の語りを聞いて、
地震は怖いものだと漠然と感じていましたが、
その日テレビで見た被害の大きさや震災の恐ろしさは
想像を遥かに上回るもので怖さで震え上がり、
言葉が出なかったのを覚えています。

その時から何事もなく日常を過ごせていることは
普通のことではないと感じ、決して当たり前ではないから
全てのことに感謝しながら生活しないといけないと感じ、
現在までの人生を過ごしています。

そして、この出来事を風化させないために
この出来事のことを未来の人たちに伝えていくこと
また、一つしかない大切な自分の命や家族、友人などの
大切でかけがえのない人たちを守るために
何をすべきか震災からの教訓をもとに
備えていくことをしようと強く思います。

東日本大震災で犠牲になられた方に
ご冥福をお祈り申し上げます。
そして、被災された方々に心から見舞い申し上げるとともに
1日でも早い復興が実現して、東北のすべての人々が
笑顔で明るく幸せな日々が来ることを心から願っています。

最後に、このブログから久保ちゃんの東北への愛の大きさが
より強く伝わってきましたし、想いや決意の力強さを感じ、
久保ちゃんに対する尊敬の念がより強くなり、
憧れの気持ちが大きくなりました。
これからも、もっと多くの人に東北のことを
発信し、広めていってください!!
僕もいつか必ず東北を訪れます!!

これからもずっと応援していますので
体調には気をつけて、自分のペースで頑張ってください!!
被災された方にお見舞い申し上げます。
きっと私が想像してる以上に、又、私が駆け抜けて来た10年より遥かに長く感じた事でしょう。
世代的にはこの震災の恐ろしさを鮮明に覚えてる最後の世代だと思います。こうした強いメッセージで体験談を語ってくださる事によって、私達の心にしっかりと刻む事が出来ています。本当にありがとう。
今、更なる試練に立ち向かってる東北の皆様…その方々もきっと、私と同じように久保ちゃん達に元気や笑顔をいただいてると思いますよ!今日からが明るい未来へのスタートライン!そう思って私も強気の一歩踏み出してみようと思えました。
辛い思い出だったと思いますが、ブログに綴ってくださりありがとうございました。
、、、そうか。そんな出来事があったんだね。久保ちゃん。自分は栃木県ですけど、あの時は自分もよく覚えています。自分も人生で大きな地震だったので頭を守るのに必死でした。久保ちゃんは人の痛みもわかるいい娘。その素直な心がファンを魅力すると思います。東北魂で頑張ってね。応援しています。では。
くぼちゃんこんばんは。

今日は朝からたくさん考えることがあって、いまもまだ整理がつかないまま1日が終わろうとしています。

立派なブログありがとう。

そして、どんなときでも地元に心を寄せてくれてありがとう。

十分すぎるほどその想いは届いていますよ。

くぼちゃんは私たちの希望です。

くぼちゃんの活躍が私たちの毎日の活力です。

10年目は「節目」であっても、決して「区切り」ではない。

その歩みを止めることなく、一緒に前へ進んで行きたいです。

たくさんの想いを未来へ紡いでいきましょう。

これからもたくさん応援させてください。


仙台のゆーとより
忙しいのにブログ沢山更新してくれてありがとう!
発信してくれてありがとう!
久保ちゃんブログ更新ありがとう!

自分は当時小学6年生で東京だったから東北ほどの揺れではなかったけど、それでも焦る先生や揺れる校舎は今でも鮮明に覚えてる…
地震を経験した世代として、忘れてはいけない日だということを後世に伝えていくことは絶対に忘れちゃダメだね。
久保ちゃんには世間に伝える力があるから、風化させない為にこうやって話してくれることは、絶対に意味があると思う。

今もこうして幸せに暮らせることがいかに恵まれてるか、今日という日を通じていま一度考えることが大切だね。

改めて今日更新してくれてありがとうね。おれも何かできることがないかもっと考えてみるね。

こーた
10年
きっと被災者の方々にしたら あの時の光景など思い返したくもない 記憶から消し去ってしまいたいことだと思います。
でもこの未曾有の出来事を誰かが後世に伝えていかなければならないし そんなジレンマを抱えながらも前向きに生きて行く 東北の人びとの強さを感じた1日でした。
お疲れです。あの日神奈川県で、仕事中でした。6日後に、先輩の地元が仙台だったから、一緒にボランティアで、4日間行きました。あの日の光景は、忘れないです。 いろいろな方々のご冥福をお祈りします。頑張って行きましょう。
先日、河北新報社さんの記者さんとの対談記事を読ませて貰いました。
当時小学3年生だった久保さんが、目にした記憶や行動は、絶対後世に語り継ぐべきだと思います。今だから言える事、今だから想うこと、久保さんの中には沢山あると思います。それは、震災を経験した久保さんにしかできないことです。
だからこそ自信をもって、あの未曾有の震災を知らない若いファンにも、伝えてください。
久保さんの宮城愛も伝わることを願って…

震災で犠牲になられた方のご冥福をお祈りしますとともに、被災された方々へ心よりお見舞い申し上げます。
久保ちゃんの想い、絶対にたくさんの人に届いているよ。私も今日という日を大切に生きようと改めて感じています。久保ちゃんにはたくさん笑ってしあわせでいて欲しい!辛い時はたくさん泣いてゆっくり休んで欲しい!これからもずっと、久保ちゃんが楽しい毎日を送れますように^^いつまでも応援しています!いつもありがとう♡
史緒里ちゃん、更新ありがとう。
僕も今日改めて、震災というものについて考えました。
僕は幼少期に阪神淡路大震災を経験して、東日本大震災はそれなりに大きくなってからの事でした。
起きた直後から、どうなってしまうのかと不安でたまらなかったのを覚えています。遠い関西に住んでいた僕でもそう感じたので、史緒里ちゃんはじめ東北に住われていた人たちの恐怖や不安は到底推し量れないものと思っています。

色々な人がそれぞれの立場や見方から当時の思いや経験を語ってくれているのを目にしますが、その度にできる事はないか、応援できることはないかと考えます。
「未来へ繋がることを信じています」とありますが、
史緒里ちゃんの活動や思いは間違いなく未来へ繋がっていると思います。
東北のいいところをブログやモバメで伝えてくれたり、ミーグリや握手会でお話しすることで、実際に訪れよう、見てみようという気持ちになります。
風化させないために語る事、未来のために語る事、色んな見方があると思います。
当時を近い土地で経験していなかった僕は前者の力には中々なれませんが、後者には、未来のためには何か少しでも力になれるよう、過ごしていきたいと思います。

思いの丈を述べていただいて、ありがとうございます。
これからも、一歩ずつ、東北と共に歩む史緒里ちゃんを応援していきたいです。
史緒里ちゃんがこの日に毎年ブログを更新している覚悟や想いに尊敬の
念しかありません。東北を史緒里ちゃんと僕たちファンで盛り上げていきましょう。
ブログ更新ありがとう。
東日本大震災があったとき、私は小さくて記憶がないので、毎年久保ちゃんが当時の状況や今の気持ちをブログにあげてくれるのが本当にありがたいです。これからも応援してます。
久保さん。blog更新感謝です。

被災体験のおはなしや「自分に出来る事」とは何か。河北新報の記者さんとの対談で再確認できたのではないでしょうか。

伝える難しさも御座いますが、久保さんのようなお立場の方が発信される事は大変影響力はあるのだと考えます。

あまり強く背負い込まず無理せず行動してくださいね。 

被災者の方の想いが少しでも久保さんを通じて届く事を願って止みません。
ブログ更新ありがとう。
東日本大震災により、犠牲になられた方々、心よりご冥福をお祈りします。
久保ちゃんの思い伝わりました。
久保ちゃんの思いいろんな方に届きますように
今日もまた、お疲れ様でした。


大変な経験を、心に閉まっていた思いをお話していただいてありがとうございます。

音。音が一番怖いのかもしれません。いつまでも耳にこびりつく。ある方が、テレビを通して聞こえてくる声が怖くて耳をずっと塞いでいたと言っていました。

テレビを通してでもそうなのだから、なおさら。……これ以上は書けません。

3年前、北海道では胆振東部地震が起きてブラックアウトになりました。僕のところは1日だけでしたが、とても怖かったのを覚えています。

でも、同時に全国のみんなが励ましてくれてとても嬉しかったのも覚えています。

2時46分。黙祷をしました。全国でも黙祷していて、トレンド入りもしてました。それぞれ思いは違うけれど、みんなが同じ時間を共有したのだと思います。

サンドウィッチマンさんが、テレビインタビューに答えて「でも10年だからといって何が終わるわけでもないしこれからも続いていくこと変わらず応援していきたい」と言っていました。

本当にそうだと思います。数字で上手く区切られるようなことではないんだよなと。終わりにせず、風化させずに。それがきっと未来へ繋がることになると信じます。

僕も少しでも力になれるように、できることを頑張ります。


宮城のいちごをまた一つ買ってしまいました。やっぱり、とっても美味しいのです。

お疲れ様でした。今日はゆっくり休んでください。

おやすみなさい。
10年。あっという間に経ってしまいました。
私も現地ではありませんでしたが、
今でも覚えています。
そして母が津波の映像を観て「怖い」と言ったことを。

小学生でしたか。
私が小学生だったら状況も良く分からず
なんとなく大人の指示に従ったことだろうと。

携帯電話の緊急地震速報は今でもビクッとします。

ifの可能性もね。
地元愛の強さがちょっと垣間見えました。
「努力 感謝 笑顔」という言葉が、すなわち未来を目指すエネルギーになるんだなぁ。つらいかもしれないけれど、記憶に留めるように努めてみよう! 今いる隣の人の肌のぬくもりを感じる喜び。顔を上げてまた新しい一歩を踏み出せば、笑みがこぼれるさ。
明日の朝、「努力 感謝 笑顔」で、おはようございます!
ありがとう。
私も、今自分にできることを、したいと思います。
貴女の想い、きっと沢山の人に伝わってます。
心に喪章を付けながら)

10年前のあの日、キャスター付き
の椅子がメリーゴーランドのように
グルグル回転し

立ってられなくて、揺れが収まって
気がついたら東京タワーのてっぺん
のアンテナが曲がっていて

つながらない携帯、走らない電車
不安と無力感を抱えながら歩いた
歩道

トドメは水蒸気爆発


………あれから10年 
過去の人から見て、今の日本は
どうですか?


そんな激動の年と前後して乃木坂が
産声を挙げ、、、



しーちゃんも3期生として加入し



震災からまだ10年、今度はコロナ禍
に直面し

それでも我々は生きている❗


これまでの過酷さ、これからの
厳しさを考えると多くのことは
言えないけど、、


僕を好きになれるよう、前を向く
これからもfoursixしくです
久保ちゃん モバメとブログありがとう。
東日本大震災から10年も経つんだね。いまだにあの時のテレビ映像は忘れられません。実際に経験してないとわからないことばかりだと思いますが、少しでもやれる事を見つけていきたい。今週は仕事場でも防災訓練をしたり、今日の2時46分には全員立って黙祷をしました。絶対に風化させてはいけないし、防災に対する意識を忘れずに何気ない日常に感謝してこれからも過ごしたいと思う。
被災された方々が出来る限り早く安らかな日々を過ごせるように心から願ってます。
このブログ、久保ちゃんの活動によって少しでもその想いがみんなに伝わりますように!
久保さん、お疲れ様。
これからも、乃木坂46の暖かいパフォーマンスでみんなの心を暖かくさせてください。
僕は当時小学二年生でした。あの日ことは絶対に忘れてはいません。東北が完全復活することをお祈りしております。僕も心から応援をさせていただきます。⚾️
私も自分が生まれ育った東北が大好きです。一緒に頑張りましょう!久保ちゃんの活動応援しています。
こんばんは。
BLOGOSの記事と併せて拝読しました。

勇気をもって当時の体験を教えてくださってありがとうございます。
久保さんの恐怖感、虚無感にほんの少しでも触れられたことで、頭の中の想像に影がつき、具体的な形をもって感じられました。
私も何をしていてどう過ごしたか、その日のことはずっと記憶に残っています。

幸いにも直接は大きな被害に遭わなかった私にとって、久保さんや横川記者のように「発信し続けてくれる方々」の存在はとても有り難いものです。
諦めずに伝え続けてくださること。
このような努力、決心、発信してくださるものを余すことなく受け取り、記憶に残し教訓とすることが今の私にも大切なことなのだと感じます。

震災のことに限らなくても、宮城の魅力を伝えてくれるような小さな一歩からだって、それが波紋のように広がり、いつか必ず誰かのきっかけになります。
現に、旅しおりを見て石巻を訪れた私ですが、偶然、復興まちづくり交流館の前を通りかかり、見学しました。元々意図していなかったけれど、少しだけでも震災のことに触れることができ、これは久保さんがくれたきっかけなのだと思っています。

できる範囲で、伝えたい範囲で、久保さんの言葉でこれからも宮城のこと、東北のことを伝えてくださったら本当に嬉しいです。

ブログやBLOGOSの記事を通して、時間をかけて考えるきっかけをくれてありがとうございました。
東北の方はもっともっと

久保ちゃんに東北の事を語って

欲しいと思ってると思いますよ~

俺ももっともっと東北の当時の事や

復興へ向かっている今の状況を

知りたいで~す!
私も当時小学3年生でした。津波で家も、家族も、友達も失い、一生忘れられないぐらい辛い思いをしました。未だに地元にも帰れていません。ずっとずっと辛かったです。
そんな私を元気づけてくれていたのは紛れもなく乃木坂46さんでした。辛い時はいつも乃木坂46さんの曲を聞いていました。
久保史緒里さんが毎年3月11日について書いてくださる事で前を向いてここまで頑張ってこれました。とっても元気づけられました。
今年で10年目という節目。今でも思い出すと涙が止まりませんが、前を向いていきたいと思います。絶対風化させてはいけない。ホントに久保史緒里さんありがとうございます。大好きです。
6年前愛媛から仙台へ転勤し県北を担当してました。
当時、震災から3年余り経っていましたが、特に沿岸沿いは震災の爪痕が生々しく残っていた事を、記憶しています。

震災から10年、まだまだ完全ではないけれど被災地の皆さんの頑張りで復興も進んで来ている事と思います。
心の傷が癒やされる事は無いと思いますが、これからも..,.。

何も出来ないですが、自分達は忘れません。

犠牲になられた方々に、ご冥福をお祈りいたしますと共に、
被災に遭われた方々には、お悔やみ申し上げます。
私は福島県出身で、震災時は久保ちゃんと同じ小学3年生でした。もうすぐで春休みなのにずっと停電で、怖さを紛らわすためにひたすら漫画を読んでいた記憶があります。停電が治ったと思ったらテレビは地震の映像とコマーシャルばかり。
毎日のように地震と放射線に怯えていました。
この出来事を風化させてはいけません。
皆さんが一刻も早く普通の生活に戻れることを祈るばかりです。

毎年、東日本大震災のことをブログに書いてくれて、他の人たちに知ってもらうためにも風化させないためにも東北民からしたらとてもありがたいです。

私はいつも乃木坂46に支えられています。
久保ちゃん、これからもずっと頑張って下さい。
伝えてくれてありがとう。
これからも元気に活躍できるよう願っています。
ご冥福をお祈りします
久保ちゃんこれからも頑張ってください!


震災から10年
渡辺美里さんの10year'sの歌が頭に残ります

あれから10年も この先10年も
振り向かない急がない立ち止まらない

くぼしの未来に幸が多からん事を
2011年当時、僕は小学校2年生でした。僕は東北の出身ではなく、関東の出身です。それでもあの大きな揺れにとても恐怖を感じたことは今も忘れません。その大きな揺れや津波を現地で経験した久保ちゃんや東北の方々は僕ら以上の、僕らには想像できない恐怖を感じたことだと思います。津波の状況を映像でしか見ていない僕ですが、その映像ですら、恐怖だったことを覚えています。
震災で被災された方の1日でも早い復興と亡くなられた方のご冥福をお祈りします。
以前、久保ちゃんの出身地の仙台に観光に行った際には、僅かな滞在時間ながら、宮城県の魅力を感じたことを鮮明に覚えています。
仙台駅に降りた時の景色、仙台駅周辺の街並みの景色や光景、松島海岸の神秘的な景色など、たくさんの魅力を感じました。
今はこのような状況で行くことができません。状況が回復したら、以前よりも時間を持って、仙台や宮城県を旅したいと考えています。
こうして久保ちゃんが綴ってくれることで、震災の記憶を風化させないこと、被災された方々が救われると思います。
1日でも早い復興をお祈りします。
、、、そうか。久保ちゃん。そんな出来事が。
東北のために頑張ってね。応援しています。
お疲れ様です!
このブログを読み、涙が出てきたためコメントさせてもらいました。
わたしは東京出身で、今大学生となり仙台で生活しています。
わたしが体験していないけれど、忘れてはならない、伝えなければと感じている中で、逆に体験していて今東京にいる久保ちゃんの言葉を見て、より胸にくるものがありました。
わたしも久保ちゃんとは別の道で、東北に貢献していきます!
こんばんは。お疲れ様です。
ブログありがとうございます。
自分たちに大切なのはあの当時のことを風化させないことだと思います
久保さんのこの東北の方に向けてのブログを読んで元気をもらい、励まされ、力を貰ったという方も沢山いると思います。
久保さんや当時被災された方々が勇気をだして当時の記憶を語ることは簡単なことではないし、乗り越えようとしてるのが伝わってきます。
自分のことだけでなく、皆のことを想って祈ることができるのはほんとに尊敬すると共に勇気を貰うことができます。
ありがとうございます。感謝です。
毎日を大切に、笑って生きていきましょう!
気仙沼から。
もう10年なのか、まだ10年なのか。
確かに復興は進んでるけど僕の所はまだ防潮堤の工事とかまだ残ってる感じです。
震災当日は家に入らず外でカセットコンロでお湯を沸かしてカップ麺を食べて車の中で寝たのを鮮明に覚えています。
本当に沢山の県の方のおかげでここまで復興したことを感謝しています。
久保ちゃんのように発信してくれることは本当に大切でいつまでも風化しないようにしたいですね。

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PROFILE

久保 史緒里

2001年7月14日生
血液型:O型
星座:かに座
身長:161cm
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